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読書と仕事と病気と、まったりとした日々

読んでる本や読んだ本の感想や病気の日々の事をのんびりと書いていきます

湾岸戦争 砂漠の嵐作戦読了

アメリカ陸軍戦史センターによる公刊戦史を読み終わりました。
陸軍による戦史だけあって、ほとんど陸軍に関する事しか書いていません。
1920年ごろからイラン・イラク戦争あたりまでの中東の動きから始まりクウェートイラクが侵攻してからのアメリカ陸軍の動きが主になっています。

と言ってもそのほとんどは兵站、補給、予備役、州兵の動員計画が主な内容になっており、所謂100時間地上戦は終盤少し触れて終わります。

個人的に面白かったのは陸軍首脳部と政治家たちの軋轢です。
問題の元はアメリカが1973年に導入した「トータルアーミー構想」というもので、これはベトナムで疲弊した兵力を一定の数に維持しつつ、師団数を増やし平時のアメリカ本土の師団は2個現役旅団で編成し、有事の際は予備役を召集し1個旅団を増やし、3個旅団で完全編成の1個師団を作るという構想で
ワルシャワ条約機構軍とヨーロッパにて全面戦争が起こり、欧州の部隊が対応していて他の地域で戦争が始まったら、トータルアーミー構想で編成したアメリカ本土の7個師団を投入するというある種の総力戦意識したものでした。

これはあくまでもワルシャワ条約機構軍やソ連が関与する戦争を想定したもので、湾岸危機の際は「練度の高い部隊があるのに、訓練が充分でない部隊を選ぶのは馬鹿げている」と一部の陸軍将官からは否定的でした。
しかしこのトータルアーミー構想政策を主だった一部の議員たちは、予備軍こそもっと大きな役割を果たすべしという意見を持っていたようです。
最終的にチェイニー国防長官が折れたのか選抜予備の動員をブッシュ大統領に求め決定され陸軍は2万5千人の予備役を動員しましたが、彼らの任務は戦闘支援、戦務支援に限られ戦闘旅団が動員される可能性はなくなったそうです。

もう1つ気になった個所は、アメリカ軍のイラク軍の開戦前の評価です。
今でこそ、湾岸戦争イラク戦争はアメリカのワンサイドゲームで勝利を収めたというイメージが強いですが
当時のイラク軍はイラン・イラク戦争を戦い抜き中東でも一級の軍隊と思われていました。
その総司令部は最高10個軍団を統制する事ができ、各軍団は機甲、機械化、歩兵師団を最大10個指揮する事ができたと言われています。
そして保有戦車は4500両であり、火砲は3500門があり、アメリカはその中でも南アフリカ製G5 155mm榴弾砲を脅威と見なしており
その最大射程距離は通常30000m、ロケット推進50000mと、当時アメリカ陸軍が運用していて今でも使用しているM198 155mm榴弾砲の最大射程距離は通常18150m、ロケット推進30000mと遥かに比べられないものだったそうです。
この辺の火砲万能主義はソ連の血を完全に受け継いでいますね。

あとは公刊戦史のためか、妊娠している女性兵士についてや家族のいない兵士の処遇。
食事手当など福祉問題にも触れられていて面白かったです。

次は何の湾岸戦争本を読もうかな……

湾岸戦争 砂漠の嵐作戦

湾岸戦争 砂漠の嵐作戦